アドラー心理学に体験入門した。

2017/07/26

 

 

 

 先日久しぶりに本でも買って読むかという気分になったので、田舎が誇るアミューズメントパークイオンに入るTSUTAYAに行ってまいりました。

 

 行ってみるとあーそういえばこれ読んでみたかったーという本が何冊かありましたが、一度に何冊も買ってしまうといわゆる「積ん読」になってしまう可能性が大いにあるのでこの度購入したのは2冊。そのうちの1冊が、岸見一郎著「アドラー心理学入門」であります。

 

 

 

 何かと最近この「アドラー心理学」というワードが目に入り気になっていたのと、この「アドラー」というなんとも悪役みたいな名前がいいなと思っていたこともあり、どんなものだろうと購入してみました。どうやら世間一般に言えば私はだいぶ後ノリのようですね。

 

 先ほど知ったのですが岸見一郎さんは「嫌われる勇気」の著者。ドラマ化もされたようで、なんだか俗っぽいものに手を出してしまったかなとなんとも言えない気持ちになりましたが先にそれを知っていたら読むこともなかったかもしれないので逆によかったです。セーーフ。

 

 

 

 で読了したわけですが、私の乏しい読解力では要点を理解しづらいもので、時折何が言いたいのかよく分からない例をあげるのでところどころ混乱させられる文章でした。

 

 これまでであれば一度読んで理解しづらいものは読み返すことなくそっ閉じしていたところですが、それでも興味をひかれる点がたくさんありましたのでネットの情報で補足しながら、そして無駄な文章を飛ばしながら何度か読むことでなんとかぼんやりとしたアドラー心理学の輪郭に触れられた気がします。

 

 私はどんな本でも数日経つと内容を忘れてしまうので、読書した時間を無駄にしないためにもブログのネタにすることで少しでも自分の頭に焼き付けられるのではなかろうかということで、気になったところを要約してみようと思います。(←前置き長いヨ)
 

 

 

 

 

■まずアドラー心理学の出発点

 

 

 

「あー社会主義どっぷりハマっとったけどこれどうなんやろ?ロシア革命の結果あれやろ、、、。たぶん社会良くするのは政治ちゃうわ。育児とか教育やな。」

 

 

 

 

 

 

 

 

■その育児・教育の目指すところとして

 

 

「よし、これみんなできれば社会良くなるわ。きっと。」

 

 

・社会と調和し、自立して暮らせるようになること。

 

・生活していくうえで起こる様々な問題を解決していけると自信を持てるようになること。

 

・「人々は仲間である」と思えるようになること。

 

 

 

 

 

 

 

■そのためにすべき心構え

 

 

1.自己受容

 

「(ダメな部分も全部含めて)ありのままの自分を受け入れる。レリゴーやな。」

 

2.他者信頼

 

「周りの人は敵やないで。必要なときはみんな助けてくれるんやで。って無条件に信頼するんや。な?」

 

3.他者貢献

 

「おまえ助けてもらってばっかじゃあかんで。貢献せな。な?」

 

 

 

「とりあえずこの3つはどれが欠けてもダメやで。三位一体や!!」

 

 

 

▶︎そして[共同体感覚]を持つ

 

「あとみんな何かしら共同体(家族、友達、学校、会社、地域、国、地球、宇宙...etc)に属してるんやから自分だけ儲かればいいとか考えてたらあかんで。共同体のこともちゃんと考えんとそこに属する自分も滅びることになるで。まずは小さい共同体のことから考えようや。」

 

 

 

 

 

 

 

■アドラー心理学の思考原理

 

 

「やっぱみんな健全な精神状態でいたいわな。根本探ったろ。」

 

 

 

「せや!悩みっていうのは全部対人関係から起こってるやん!」

 

「あと人ってのは原因によって後ろから押されて生きているんやないで。目標を設定してそれを追求するもんなんや。」(原因論ではなく目的論

 

「人と比較して優れていようとするから劣等感を持つんやで。(優越コンプレックス、劣等コンプレックス) それはある意味しょうがないんやけど『普通でいる』のが一番健全な状態やで」

 

 

 

 

 

 

 

■健全な対人関係を築くには

 

 

縦ではなく横の関係を意識する。

 

 

「例えば褒める(叱る)というのは、能力がある人が無い人に、あなたは良い(悪い)と上から下へと評価を下すことや。これが対人関係を不健康にする一番の要因や。だから皆対等な横関係な。な?」

 

・縦関係/問題が起きた時に力で解決できると考えてしまう。萎縮する関係。

・横関係/言葉によって問題解決を図る。話し合うこと、コミュニケーションを重視する。

 

 

 

 

 

 親と子、教師と生徒、上司と部下etc...は役割としては同じではない。しかしこれは優劣の関係にあるのではなく、人間としては「対等」の立場なのである。

 

 

 

 しかし褒めない、叱らない。ではどうするのか。

 

 

 

 

「普通でいるための勇気づけや!!!」

 

 

は?(←突然私登場)

 

 

「喜びを共有するんや! 感情を伝えるんやで!」

 

え、あ、はあ、、、。

 

 

 

 

「例えば褒められたいいうことを目指してしまっているのは、要するに他者に依存してしまっている状態なんやで。すなわちこれは目標の『自立する』ことを阻害することになるんや!いいねが欲しいなんて言語道断や!!!」

 

 

 

「そこで勇気づけや。褒める(評価する)のとは違って、喜びを共有すること、気持ちを伝えるんやで。ありがとうとかうれしいとか助かったとか伝えるんや。」

 

 

 

はあ...(なんとなくはわかりますがちょっとこの辺私はモヤモヤしてます)

 

 

 

 

 

 

■課題の分離

 

 

あとはしっかりと課題を分離することやな。」

「自分の課題であれば原則自分が解決していかなあかん。それが自信を持つことにつながるからな。ただそれは本当に自分の課題なのか、誰の課題なのかを見極めることが重要や。」

 

 

「ここで一つ典型的な例として勉強しない子供の話を出すがな。勉強は誰の課題かといえば子供の課題や。勉強したとしてもしなかったとしても結果(責任)は子供にかかってくるからな。そこに親が単に『勉強しなさい』と言うのは親が子供の課題に踏み込んだことになる。それはあかん。だからこの場合親の立場としての課題は『勉強しない子供にどう対処するか、自分に何ができるか』ということや。」

 

 

「まあ生きてればこんな単純じゃないいろいろ複雑な課題が出てくるわな。だから一旦冷静に課題の分離をしてシンプルに考えるんやな。他人の課題はとりあえず放っとく。」

 

 

 

「でもこれは自分の課題だからといって思いつめすぎてもあかんで。個人の能力は限られてるんやからどうしても難しい場合はちゃんとコミュニケーションをとって協力してもらうんやで。逆もまた然りでお願いされたらちゃんとそれに協力するんや。」

 

「ただいわゆるおせっかいはあかんで。頼まれもしないのに勝手に判断して助けるのはあかん。」

 

 

 

とりあえずなんか中途半端ですが疲れたんで終わり....。

 

 

 

 

 まあこうして要約を試みると自分の理解度があからさまに出ますね。私がまだぼんやりしているゆえにこのブログ読んだ人もぼんやりだと思います。

 

 まあどう感じるかは読んだ人の課題だから!(←都合のいいアドラー心理学)
 

 

 

 

 

 この「アドラー心理学入門」を通してアドラー心理学に触れた感想としては、心理学というか自己啓発っぽいなと感じました。(最後の章は特に岸見一郎フィルターを感じてほぼ自己啓発に近いというのもありますが) 

 

 これが日本で受けた要因としては対人関係の問題を取り上げられているところでしょうかね。何をするにしても人と関わっていかなきゃですし、今となってはコミュニケーションの仕方もスマホ、ネットと複雑になってますからね。

 

 現代社会で競争するなといってもなかなか難しいところはありますが、そこを一旦置いといて皆がアドラー信仰になったらまあ幸せだろうなというのはなんとなく感じます。ただ少し気持ち悪さもありそうですが。

 

 アドラー心理学に沿って自分を見てみると、あーこの感覚はなんか前からあったなとか、信頼とか貢献の意識が自分には薄いなとか思えて楽しかったです。私は潜在的に褒められたい意識っていうのがなかなか捨てられてないのですが、そこの考え方は一つ勉強になりました。

 

 

 まだぼんやりということもありますので今度は「嫌われる勇気」も読んでみようと思います。

 

 

 

 

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